サマリー
- 地方都市において、特定の業種が1つの場所に「産業集積」すれば、大企業に負けない組織力とコスト競争力を持つことが可能。
- 産業集積の足腰の強さこそが、地方創生において最も現実的で、最も強力な武器。
- 佐伯市では「漁業・水産業」「造船業」「金属加工業」などが事例。さらなる集積による競争力強化のため、インフラ整備など行政としても支援の必要。
産業集積とは
全国の地方都市で、人口減少や雇用の縮小が叫ばれています。非常に厳しい時代ですが、そんな中でも強い競争力を保ち続けている地域があります。そこには共通する特徴があります。特定の産業や職種が1つの地域に集中しているという点です。
この状態をビジネス用語で「産業集積」と呼びます。単に「工場がたまたま近くにあるだけ」に見えるかもしれません。実はこの集積には、地域経済を劇的に強くする驚くべきメリットが隠されています。
現代のビジネスでは、個別の企業が単独で大都市の巨大企業や、海外の安価な労働力と戦うのは非常に困難です。しかし、地方都市であっても、特定の産業が1つの場所に「集積」すれば、大企業に負けない組織力とコスト競争力を持つことができます。
同業者が近くに集まり、お互いの存在によってコストを下げ、技術を高め合う。この産業集積の足腰の強さこそが、これからの地方創生において、最も現実的で、最も強力な武器になるはずです。
佐伯市が誇る「漁業・水産業」「造船業」「金属加工業」も具体例として挙げられます。
「産業集積」がもたらす5つの強み
同じ性質の企業や職人が1つの地域に固まることで、個々の企業には以下のような5つの大きな「強み」が生まれます。
バイヤーの調達効率があがる
同業者が集まる地域は、その製品を購入するバイヤーにとっても利便性が高くなります。
調達を検討している製品を扱う業者が多く集まる地域は、バイヤーにとって性能面や価格面で製品現物を取って比較でき、多くの調達先との交渉もまとめて可能なことから、バイヤーの調達効率が各段に上がります。
コストと時間を削減できる
近くに関連企業や部品メーカーがすべて揃います。そのため、調達資材の輸送コストも劇的に下がります。遠方から取り寄せる場合の時間ロスもありません。
トラブルが起きても、数分で駆けつけてくれる距離に調達先がいます。この物理的な近さが、日々の経営コストを極限まで引き下げます。
優秀な人材とノウハウが集まる
その地域に行けば「あの仕事ができるプロの職人やエンジニアがいる」という状態が作られます。企業にとっては、専門知識を持った即戦力の人材を確保しやすくなります。
また、働く側にとっても、自分のスキルを活かせる選択肢が地域内に多く存在することになります。結果として、地域の雇用が安定します。
情報の流通が早くなる
地域の経営者や職人たちが、日常的に顔を合わせる環境が生まれます。これにより、「今、市場で何が求められているか」「新しい技術は何か」という生きた情報が、驚くほどのスピードで地域内を駆け巡ります。ネットには乗らない「現場の生の情報」を共有できることは、大きな強みです。
インフラや行政の支援を受けやすい
1社だけでは、高額な共同処理施設や専用の港湾インフラを整備することは不可能です。しかし、同じ産業が多数集まっていれば、行政もその産業に特化した予算を付けやすくなります。
共同の物流拠点を設けるなど、まとまることで大きな投資や効率化が可能になります。
「産業集積」の効果と事例
産業集積の定量的効果
少し古いレポートですが、定量的な分析として電中研ニュース434(2006/11)に、同業種集積や異業種集積効果が1%変化したときの生産性の変化が、以下のグラフとして示されています。
製造業の場合は異業種集積よりも、同業種集積の方か、集積効果が高いことが解ります。

産業集積の事例
自治体における産業集積化の成功例として、以下の事例が挙げられます。
事例では、地元企業や研究機関、行政が連携し、地域資源や技術を活かした産業集積の形成に成功しています。
新潟県燕三条地域の金属加工
新潟県燕三条地域の金属加工集積はあまりにも有名です。
燕三条地域は、江戸時代に和釘の生産から始まり、時代の変化に応じて刃物や洋食器など多様な金属製品の製造へと転換してきました。
この柔軟な適応力と高度な技術力により、現在では金属加工の一大集積地として知られています。
福井県鯖江市の眼鏡フレーム
鯖江市は、日本国内の眼鏡フレーム生産シェアの9割以上を占める産地です。
地元企業と産学官の連携により、新素材の開発や精密加工技術の向上が進められ、高品質な眼鏡フレームの生産で世界的な評価を得ています。
佐伯市の産業集積の強みと課題
佐伯市が誇る「漁業・水産業」「造船業」「金属加工業」も同業者の集積が進んでいます。以下にその概要の説明をしたいと思います。
漁業・水産業:豊富な魚種の市場と高い養殖技術、多数の水産加工工場の集積
現状
佐伯市は、豊後水道の非常に恵まれた海洋環境に位置しています。大分県全体の水産生産高の約7割近くを占める、西日本有数の圧倒的な水産都市です。
すでに強力なプレイヤーたちが、長年にわたって育ってきました。加えて、国・県・民間の水産関係の研究所も集積しています。
蒲江地区を中心としたブリ、マダイ、シマアジ、ヒラメなどの養殖業は全国トップクラスの規模です。鶴見地区には、多様な天然魚が一堂に会する活気あふれる市場があります。米水津地区には、日本一の干物生産をはじめとした水産加工団地が集積しています。
強み
水揚げされた天然魚や養殖魚が、その日のうちに隣接する加工団地へ回されます。これにより、移動にかかる燃料と時間を最小限に抑えながら、圧倒的な「鮮度」を保ったまま製品化できます。
また、魚の処理で出る残渣(骨や内臓)を、地域内の専用プラントで一括処理して飼料に変えるなど、集積しているからこそできる「資源の共同利用」が成り立っています。
課題
しかし、現状には地理的な課題があります。これらの素晴らしいプレイヤーたちが、リアス海岸独特の複雑な地形で隔てられています。
蒲江で獲れた魚を鶴見の市場へ運び、それをさらに米水津の工場へ運んでいます。この陸路の輸送において、トラックの振動による魚のストレスによる品質低下などが発生します。移動の時間ロスや燃料コストという、見えない無駄が今なお残っています。域外宛も含めた、相互流通するインフラの整備が待たれます。
造船業:日本の海上物流を支えるものづくりの強固な基盤
現状
佐伯市は古くから「造船の街」として全国にその名が知られています。国内トップシェア級を誇る主要な造船所が複数存在します。それらを支える関連企業も数多く集積しています。日本の内航船や近海海運を支える、強固なものづくりのDNAが地域に息づいています。
一隻の巨大な船舶を完成させるためには、多くの工程が必要です。設計、巨大な鋼材の切り出し、溶接、エンジンの据え付け、複雑な電気配線などが含まれます。
高い技術力を持った職人たちの連携が不可欠です。佐伯市の造船業は高いレベルの製造業集積が進み、産業クラスターとしての特徴をも兼ね備えています。
強み
造船所の周囲には、それらを支える下請け企業や専門の職人集団も多数集積しています。パーツごとに遠方の外注先へ頼む必要がありません。
「船体の組み立て」「エンジンの据え付け」「塗装」といった全工程が同じ湾内で完結するため、製造スピードが格段に早くなります。このスピード感が、国内外の船主からの信頼を生んでいます。
課題
現在の造船業界における世界的な大潮流は、船舶の脱炭素化です。水素やアンモニア、電気で動く次世代船の開発が進んでいます。同時に、AIを用いた自動運航船の導入(DX)も本格化しています。そのためには、大学などの専門機関や行政と組んだ、技術面のバックアップが必要なのかもしれません。

金属加工業:造船を支え、独自の進化を遂げる精密技術集団
現状
佐伯市のものづくりを支える、優秀な金属加工企業のアライアンスがあります。近年では、宇宙ロケットの部品製造や、半導体製造装置の分野にまで活躍の場を広げています。
精密板金や、ミクロン単位の超精密なマシニング加工技術を持つ有力な企業群が多数存在します。造船に不可欠な大型の製缶・溶接技術もあります。特殊な金属の熱処理や表面コーティングにも対応できます。ありとあらゆる金属加工のニーズに、地域内で完結して対応できる恐るべき技術力を保有しています。
強み
個々の工場は小さくても、地域全体が1つの「巨大な金属加工工場」のように機能しています。ある工場が苦手な熱処理や表面コーティングがあっても、数メートル隣の別の工場がそれを得意としています。
企業間で仕事を融通し合い、技術を補完し合うことで、どんな難易度の高い注文も「佐伯の金属加工群に頼めば何でも作ってもらえる」という強力な地域ブランド(集積メリット)が確立されています。
課題
これらの金属加工企業は、その高い技術力を、これからは成長産業である水産業のスマート化やロボット開発へと横展開の可能性があります。部品製造から離れ、独自の最終商品を自ら発信する主役に躍り出るための大きなポテンシャルを秘めており、その展開が待たれます。
まとめ
佐伯市には、蒲江・鶴見・米水津の水産業のプレイヤーたち、海のインフラを支える造船業、そして世界水準の腕を持つ金属加工業という3つの強みがあります。他にも林業・林産加工など、いくつかの産業集積が既に育っています。
今後は、その基盤を踏まえて、各業種において、川上の原材料から、川下の最終商品まで、コンビナート化して無駄なく、効率化を図ることが次にテーマとなるのでしょう。
産業集積の効果を最大限に引き出すためには、量的な拡大だけでなく、質の向上が求められます。
他の地域との競争優位を持つためには、地域独自の「強み」を活かした集積を形成することが重要で、その上で価格をはじめ質の向上は必須と言えるでしょう。
一方で、地方自治体も、地域の実情に即した産業振興の戦略策定を主体的に行い、さらなる産業集積を推進・支援することが求められます。
具体的には、海上・陸上の交通網や、通信網、進出する用地の確保、地域の利害調整など、インフラ整備を中心に多岐にわたります。
参考:産業集積から「産業クラスター」へ
産業クラスターとは
産業クラスターは、産業集積が発展した概念です。
特定の地域に同業企業や関連企業が集まるだけでなく、研究機関、教育機関、行政、金融機関などが地理的に集中します。互いに激しく競争しつつも、深い部分で協力し合って強力なネットワークを形成している状態を指します。
ここで重要になるのが、産業集積発展形とも言えますが、以下がその特徴となります。
- 産業集積:
産業クラスターは産業集積がその出発点でしょう。同じような町工場や水産加工場が、同じ場所に何十軒も並んでいる状態です。それぞれの企業は競合しながら、日々の操業を行っています。横のつながりや情報の共有が、徐々に生まれてくる段階で、産業クラスターの始まりと言えます。 - 生態系としての産業クラスター:
企業同士が日々のビジネスで切磋琢磨するだけではありません。研究機関や大学等が最先端の技術研究を企業に提供します。行政は規制緩和やインフラ整備でバックアップします。金融機関はリスクを取って投資を行います。成熟した産業クラスターは、地域全体が、まるで一つの生き物のように有機的に機能している状態を意味します。
地方都市の産業クラスター
地方都市が単独の企業や業種だけに依存していると、リスクが大きくなります。海外の安価な製品の流入や、社会情勢の劇的な変化に対応できません。最悪の場合、地域経済全体が一度にドミノ倒しのように崩壊する危険があります。
産業クラスターを地域に形成すれば、ある業種や関連業種に必要な産業基盤がすべて揃います。派生的に関連業種の産業基盤も揃い、育ってきます。
高度な人材や専門的な部品メーカーも集まってきます。結果として取引のための時間的ロスも排除され、地域全体の生産性が飛躍的に高まります。
さらに、日常的なコミュニケーション環境が生まれます。関連・異業種の経営者、大学の研究者、行政の担当者が密に繋がります。これにより、一社の社内だけでは絶対に思いつかなかったアイデアが出ます。「偶発的なイノベーション」が連続して起きやすい、強靭な地域体質を作ることができます。
「佐伯型・垂直統合」の産業クラスターのイメージ
独立する水産業・造船業・金属加工業を相互連携の可能性が考えられます。調達から製造までを一元化する3つのイメージです。これもまた、産業クラスターの一形態と言えます。
- スマート養殖機器のオンサイト製造(漁業×造船×金属加工)
- 内容: 蒲江で必要な「AI自動給餌ブイ」や「カキ反転自動化機械」を地域内で内製が考えられます。地元の金属加工業が部品を削り、造船業が海洋構造物として組み立てます。
- メリット: 海外製に頼らず、現場の要望をその日のうちに改良できる「地産地消の開発サイクル」が回ります。新たな輸出産業へと育てることも可能です。
- 水揚げ直後に鮮度を完全固定するフードテック(漁業×金属加工)
- 内容: 蒲江の水揚げ魚を「活魚運搬船」で海路輸送し、鶴見市場や米水津の工場へ直接搬入します。金属加工業がカスタム開発した「自動三枚おろしロボット」と「超急速液体冷凍技術」を製造することも考えられます。
- メリット: トラック輸送の振動ストレスを排除できます。「水揚げから30分でパック完了」といった究極の鮮度を固定し、海外の高級市場へ高値でダイレクト輸出展開も想定できます。
- 研究機関や専門大学の「知の知性」を融合した学術連携(産学官連携)
- 内容: 既に行われている部分ですが、研究機関や水産専門の大学から赤潮予測や魚病対策のデータを上浦や蒲江などにフィードバックしています。同時に地元の国立大学などと組み、造船の脱炭素燃料エンジンの実証実験も考えられるかもしれません。
- メリット: 行政や金融機関が「特区予算」で資金供給するハブを作れれば、若者が地元にいながら世界最先端のスマート水産やロボットの仕事に関われる、持続可能な雇用が生まれます。
個々の企業や一つ業種だけが努力していてはもったいない状況で、なかなか、その真の価値を100%発揮することは難しい時代です。
例えば、佐伯の3つの強みを1つの「垂直統合型」産業クラスターとして繋ぎ合わることが、次の新たな展開へと繋がる可能性があります。これからの日本の地方都市が生き残るための合理的で、強力なイノベーションモデルとなりえます。
